2017年度卒業制作 – 「URBAN WEAVER」小嶋一耀

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サッカースタジアムがなぜ必要か?

日本のプロサッカーリーグであるJリーグは1993年に開幕して以来、単なるスポーツビジネスという枠組みを超えて、スポーツの普及やまちづくりなど様々な役割を果たしてきました。そんな中で、スタジアムという建築はサッカーチームとそのホームタウンにおいて特に重要な役割を持つと考えられます。Jリーグの規約で全てのチームがホームタウンと一定以上の規模のスタジアムを持つことが決められていることからもわかるように、スタジアムは地域社会のシンボルとなり、市民活動を活性化させ、経済効果を生み出す可能性をもっています。国や行政もスポーツ産業の拡大に取り組んでおり、Jリーグの観客動員数も増加傾向にあります。スタジアムの質の向上は大きな課題です。しかし、国内の現状は専用スタジアムの数、質ともに満足できるものではありません。サッカー専用のスタジアムは欧州に比べて少なく、陸上トラック併設のスタジアムは珍しくありません。FIFAの設定する基準をみたすスタジアムはJ1,J2所属全40チーム中わずかに9カ所です。この状況は税金によって建てられたスタジアムを間借りしてサッカークラブが運営されてきたことに起因すると考えることができます。スタジアムを建設する際に税金や地方自治体の支援を受ける場合、その施設には当然公共性が求められますがサッカー専用のスタジアムは特定のクラブによって私的に使用されるために市民や行政との合意形成が困難なのです。ここで問題になるのはサッカー観戦と陸上競技などの他のスポーツとを抱き合わせるこの方針がサッカー観戦の魅力を損ねているということです。公共のためのスタジアムではなくクラブチームとそのファンのためにスタジアムがつくられるべきなのです。サッカー観戦の本質的な価値に着目した新しいスタジアムのかたちを提案することで日本において豊かなサッカー文化、スポーツ文化が醸成されることを期待します。

スタジアムの形式を再設計する

スタジアムというビルディングタイプは形式化しています。お椀のような形の観客席とその外側にコンコースがあるという空間構成は古代ローマまでさかのぼっても全てのスタジアムに共通しています。観客席、コンコースは冗長で暗く寂しい空間になっています。 これらの分断された要素を連続的に設計しなおすことによって、無駄なスペースを減らし、よりスムーズな観客動線が実現できると考えました。敷地はJ1所属のサッカークラブ、川崎フロンターレの本拠地である等々力陸上競技場です。川崎フロンターレは2017年度のリーグチャンピオンとして実力のあるクラブかつ、集客力もリーグ随一です。またホームタウン活動にも熱心なことでも知られ、地元のファンとのつながりが強いチームです。ただし、そんなフロンターレでもスタジアムは陸上トラック併設です。チームの充実ぶりに建築が追い付いていない状況です。設計をするにあたって現状の観客の配置と観客の挙動,そしてサッカーの試合の特性について調べました。すると、現状のシステムでは観客は固定された視点からしか試合を楽しめなかったり、座席のゾーニングが不自由で限定的だということがわかりました。そこでフリーアドレス式の観戦スタイルを提案します。これは試合中も観客はスタジアムの中を自由に動き回ることができ、自分の好きな視点からよりダイナミックにゲームを楽しむことができるというものです。サッカーの特性として野球などのほかのスポーツと異なり、次にどこでどんなプレーが起きるのか予測がつきにくいということが挙げられます。サッカー観戦もそれに合わせて観客が様々な視点が選べる仕組みが必要であると判断しました。

ひとつながりの動線

サッカーのサポーターに顕著な挙動にホームとアウェイファンの衝突が挙げられます。この問題を解決するために二つの勢力の動線を完全に分離しつつ、スタジアム全体としては一体感と熱狂的な空気間を生み出すという課題に取り組みました。初期はホームとアウェイが2本の帯で絡み合うような形で設計を進めていました。動線は分離されて、帯を自由に動ける構成ですが対戦相手によって変化するホームとアウェイに比率に対応できません。 そこで一筆書きの動線を考えました。このモデルだと仕切りの位置を変えることで比率の変化にフレキシブルに対応でき、同時に観客の自由な移動を可能にします。さらにこの一筆書きの動線にアクセスの動線として入り口と出口を設けました。これによって数万人を効率よく入退場させるようなサーキュレーションを生み出します。アーチ状のスタンドは従来のスタジアムにおける”裏”のコンコースを介さずに直接公園や近隣道路に連結されます。こうしてスタジアムと周辺地域がより密接な関係を持ちます。このスタジアムの南側にある新設道路と近隣商業地域に観客を複数の動線から流し込み経済効果を生み出す考えです。スタジアムがここにあることによって地元商業街を中心に地域社会が活性化していきます。

ホームとアウェイのサポーター:安全に分断されつつも全体として一体感を生み出す

形態と構造

構造的には、ひとつながりの動線というコンセプトをそのまま構造として成立させられないかと考えました。そこで向かい合う傾いたアーチをケーブルによってバランスさせるという考え方で全体を構成することにしました。ダラス空港、ポルトガルパビリオンや代々木体育館のサスペンション構造のシステムを参考にそれらを全方位に展開したものです。3つの傾いたスタンドがケーブルによって釣り合っています。張力の加わったケーブルに屋根を取り付け,巨大な屋根トラスを排除しました。屋根形状は雨水の排水経路と観客席の視線確保を両立させる形状のスタディを注意深く行い決定しています。

ディティールの設計

このスタジアムではスタンドの面の上を観客が移動するので従来のコンコースが必要なくなります。一筆書きの動線のうち、観客席としては視界が確保できない場所に売店やトイレ、VIPルームなどの機能を確保しました。 選手たちの控え室や大会運営本部はその下のレベルでサッカーフィールドと直結させています。 アーチやそれらが着地する地中梁と干渉しないよう部分模型で最終確認しつつ,平面図で全体のレイアウトを最終確認しながら計画を進めました。家具レベルの提案として座席の設計もしました。観客同士がスムースにすれ違え、かつその場でも応援できるようにレベル差を設けています。そこに手すりを兼用する寄りかかれるベンチを設計しました。省スペースを達成するとともに,既存のスタジアムにおける座席が立って応援するという行為において不便であることから提案しました。