素数サイコロ/ Designing Prime Number Dices

SDGsすごろくプロジェクト

<プロジェクトの内容>
共同通信社とのプロジェクトである。新春の特別記事の企画「SDGすごろく」のサイコロを設計し、後述の基礎研究「サイコロの目の確率を等しくした多面体とそのグラフィック」の成果を社会実装した。日本の子どもたちが,SDGsについて考え発言する,ほぼ最初の機会を,お正月に家族で楽しめるゲームとして提供する方針であった。
SDGsはいつも耳にするが,17の目標を達成するために何をすべきか考える人は少ない。SDGsは私たちが考えるべき課題を優劣つけず同等にリストアップしたものだ。そして自分がどの課題ならすぐ取り組めるか?今自分に何ができるか?を見つけられる一覧表のようなものだ。我々はそう考えた。
この企画では,すごろくがもつ「次に何が起こるかわからない」偶然さに,いまの社会の予測の難しさを重ね合わせた。遊びながらSDGsを学び,目標を達成するための行動を話し合ってもらうことを目指している。鳴川研は,そんなすごろくの偶然さを生み出す,サイコロの新しいかたちと目(数字の記号)のグラフィックをデザインした。
サイコロは,当然だが,目の出る確率が均等であるため,17の目標をトピックとして同等に取り上げることができる。そんな17の目が出る多面体をサイコロの形として具現化した。素数(1とその数字以外に約数がない数)の面を持つ多面体を作り出すところが,このデザイン開発の腕の見せどころだった。ただし最終的には18面体のサイコロを提案することに至った。プレイヤー全員が協力してゲームをクリアするために,ジョーカーのような,より偶発性を生む目を加えた方がゲーム性を担保できると判断したからだ。
<サイコロ形状>
採用案は九角錐を二つ対にして18面体を形成している。このとき,サイコロとして設計する際,サイコロの目のグラフィック稜線,つまり折り目にデザインしなければならないことが難しかった。そして新聞を読んだ誰もがサイコロを作れるよう明解な展開図が求められた。円錐案を採用したのはこれらの理由からである。また,折り目を折り目として認識させつつ,かつ目立たなくなるように色を工夫した。
ざら紙
ケント紙
<紙の種類>
サイコロ形状の探究をする初期段階ではケント紙にUV印刷をして検証した。一方最終段階では,新聞紙の質感に近いざら紙を用いて,色味や強度を保てるサイズ,組み立てやすさを検討した。

グラフィックの別案

従来のサイコロが,どの向かい合う面の目の数を合計すると7となるように,このサイコロにおいても上下で向かい合う面の数が必ず19となるよう目を配置した。
真上から見るとSDGsのロゴと似たように見えるよう工夫した。
街などでSDGsを目にした時に,「サイコロでみたものと一緒だ」と,SDGsをより身近に感じてもらえるよう,子どもがすごろくで遊ぶ中で,注目し,手に取るサイコロの目にSDGs本来のアイコンを使用した。子どもの興味と誌面の架け橋となって,理解を深める一助となればと考えた。

展開図の別案

<採用した傘型案>
新聞紙を想定した薄い紙で誰でも簡単に作れるようにするには,後述の基礎研究で考案した展開図ではうまくいかない。その理由は
①のりしろが切りにくい
②組み立てる際にどの面を合わせるかなど,組み立てるのが難しい
これらの課題を解消したのが傘型案である。一つのパーツで切り出せ,組み立てやすくしている。
<波型案>
余白が少なくてすむよう,展開図が長方形になるよう工夫した。端から順に組み立てることで,自動的に組み立てやすい順序で組み立てられるようなレイアウトを目指した。

サイコロのかたちの別案

正三角形を組み合わせて六面体を作り,さらに各面を錐体にすることによって作成した十八面サイコロの案。
すべての頂点が球に接するように調整しサイコロとしての設計完成を目指したが,一部の稜線が谷になることが避けられず破綻した。

デザインの検証:ワークショップ

共同通信社がデザインしたすごろくのドラフトを研究会で実際にサイコロを振りながらやってみた。サイコロの設計自体に問題はなかった。一方で17の目を全て出さないと終わらない難しさや,一つのゴールを目指すのがスゴロク,一方で17のゴールを目指すSDGsがスゴロクになり得るのかといった「すごろくらしさ」が議論になった。またスゴロクのデザインよりもSDGsそのものに対する議論に終始するグループもあった。これが一般的なスゴロクか否かは議論の余地があるが,SDGsを能動的に考えるツールになっていることは確認できた。

サイコロの目の確率を等しくした多面体とそのグラフィックデザイン Designing a Polyhedron with equal probability of dice and its graphic design

<目的>
正多角形1種類だけで構成されている完璧なプラトン立体。それが2種類になったアルキメデス立体。幾何学は多面体に高度な純粋さを追求してきた。そしてそれに続く多面体に純粋さを指標に序列を与えてきた。一方,世俗的な純粋さを与えた多面体がサイコロであると本申請者は捉えている。世俗的な博打において,同じ確率で目が出る純粋さである。そしてサイコロと言えば立方体,ダイスが定番であるからサイコロ多面体にもプラトン立体の優位性が求められていることになる。しかし立方体のサイコロは普遍的な正解なのか?この研究では純粋多面体の世界にサイコロが求める世俗的なルールに基づいて,新しい多面体を作り出す目的がある。
<研究の内容>
サイコロの出目を1から100まで試した作品が散見できる。しかし新しい多面体の評価基準を与えたような探究は,本申請者が調べる限りない。そのうえで任意の自然数のうち,特に素数の目を持つサイコロを題材にかたちの規則を探求する。素数をとりあげたサイコロは特に少ないからだ。約数がなく「役に立たない」素数を面数にもつ多面体を探求する。次に物理,確率について,握りやすさ,賽をふる際の物理法則に関して探求する。美術的の側面では,サイコロが持つグラフィックスの法則を探求する。社会的側面では,SDGsの指標に合わせたプロダクトの開発を行う。開発したサイコロを活用してSDGsに関連した活動の展開方法を提案する。
<期待される効果>
このような手で触れる数学により,出目の確率を守りつつ,面の形が雑多になったり歪な多角形を許容する。数学的ではないアプローチの中に物理,確率的には純粋なかたちの領域に成果発見を期待できる。
手で賽を投げる際に重心を保ち「いかさま」が起きない法則を保つ。その一方やすりがけ,面取りなど数学にはない,製造業用語を扱うことで,かたちの領域に成果発見を期待できる。
例えば面と頂点が対向する場合,上に向いた頂点に出目が描かれていないとならない。すると頂点を中心にボロノイ領域を塗りわける必要がある。その色彩に幾何学の規則性を創出する成果が期待できる。
例えば1は紅丸,2以降は黒丸というしきたりに隠れた美学を見出す成果が期待できる。
<これまでの成果>
本申請者は慶應義塾大学SFCキャンパスの研究会,コンソーシアムによる研究成果を発表するイベントOpen Research Forum (ORF)の展示・企画・設計に携わってきた。2019年は開催テーマ「SDGsの次の社会へ」に沿ったロゴデザインも行った。SDGが掲げる17の指標を出目にしたサイコロを独自にデザインし,そのサイコロをグラフィックに用いる方針で行った。出来上がったサイコロを多角的に投影することで,正方形,円形などの美しいロゴをデザインすることができた。また展開図をポスターに,転がるアニメーションをウェブのビジュアルに採用した。こうして多角的なイベント,ORFをプロモートする多角的なグラフィックを提示できた。
そもそも素数17の面数を持つ球状多面体はこれまでに見つかっていなかったことに挑戦してみたい思いからうまれたアイデアである。同時にそのような多面体の探究は数学の世界ではその必要性が低かった。
そのため,素数を持つサイコロは不可能と思われた。ところが17の目が同確率で出るという条件を逆手にとってトンチとデザインを駆使すると解決できることがわかった。この業務を通して,17に限らず他の素数もサイコロとして多面体化できないかという,問いに広がった。

この研究で見出した素数の面数を持つ多面体

これらの新たに見つかった素数の面数を持つ多面体の中でmodel717面体にグラフィックデザインを施した。さらに,確率を等価にする目的で詳細設計を施した。

確率を等価にする試み

先行技術にも素数の面数を持つ多面体は散見される。立方体の六面を二面ずつ統合した事例である。二面は曲面により連結させている。
<面積の統一>
model7を構成する各面の面積を統一することに成功した。だが断面図に図示しているように,各面が構成する面角が異なる。その場合多面体がサイコロとして転がる際に必要な運動エネルギーが異なる。面角に当たる稜線を乗り越えて,上面が変わるのに必要な運動エネルギーは稜線を乗り越えるときの位置エネルギーによって定まるからである。

素数のグラフィックデザイン

<点描案>
サイコロのデザインをするにあたり,目のグラフィックデザインを考える。これまでの伝統的な目は,1から6の目に対称性を与えている。対称性を与えることで秩序ある美しくデザインされている。同様に数に対称性を与え,かたちの美しさを求める。そのようなグラフィックデザインによって約数のない素数に秩序を与えようと試みた。すると,7, 13, 17の目の配列は,線対称,点対称を共に満たすデザインを得ることができた。
意外なことに,約数のない素数の目に,対称性あるデザインを施すことは,他の約数のある数の目のデザインと難易度で違いがほとんどないことがわかった。
<ベン図案>
同サイズの円を重ね合わせ領域を作るダイアグラムにベン図がある。3つおよび4つの円で構成されたベン図の分割領域の数に素数が現れる。このことから,ベン図の分割領域の数にはしばしば素数が現れると仮定して対称性のあるデザインを探求した。構成する円の数が1から25までのベン図を対象に探求した結果,すべてのベン図で素数が得られた。ただし一つのベン図で得られる分割領域の最大の数Pは円の数をnとした場合,
P = n x (n-1) +1
であり,当然ながらこれが素数を得る数式であるわけではない。5の事例のように,重なり具合を調整して素数を得る操作により上記は達成される。
<ベン図案2> closest packing
ベン図案を拡張させた案を考案した。図は3つの円でできた通常のベン図の上にもう一つ円を重ねて13個の分割領域を得るパターンを生み出している。同じ手法によりさらに多様なグラフィックを作成できると仮定し検証した。
3つの円によるベン図に3円,さらにその上に1つの円を重ね合わせ「19」の分割領域を得た。このように多階層に円を重ね合わせる手法を試みた。これは同じサイズの球を立体的に積み重ねていく金属格子のパターンを探求する事例に類似している。上記の例えで言い表せばこれは六法最密格子をもとにしたグラフィックデザインである。
金属格子を探求する例えで言えば六角形グリットや三角形グリットを用いたものになるが,ここでは五角形格子,つまりペンローズタイリングを下敷きにした試みを行った。
これにより「41」のグラフィックを得た。
ペンローズタイリングを用いて得たもう一つの41のグラフィック。

デザインの応用・展開

この研究で得られたグラフィックをサイコロだけではなく有用に展開してゆく。その一環として20213月に開催された慶應義塾大学のSFC研究所主催オープンリサーチフォーラム(ORF)のロゴデザインとして採用いただいた。この年のORFのテーマは「超融合」そしてSFCは今年31年目を迎える。この研究で作り出した「31」のグラフィックを用いて固く融合したイメージを作り出すためにこのデザインを用いた。
<ORFエキジビション>
この研究で得られた成果はサイコロであるため動画を用いてアーカイブする必要があった。そのため論文ではなく動画配信する目的でORFエキジビションに応募。模型を多様し7分間の動画に収録した。2021年3月1日から12日の会期を終えたが,近日中にSFC研究所チャンネルより再び配信予定。
なお収録いただいたORFエキジビション自体の撮影会場も本研究メンバーが主体となって設計設営した。

まとめ

実用性を前提に数学を考えるアルキメデスのような世俗的な多面体の世界がある。2020年我々はサイコロを題材にしてこのような探求を行ってきた。同じ手法の延長上に,数学では取り上げない用語をよりどころに形を決める。そうすることで新しい多面体の世界を開拓できる手応えを得た。手に取った重さ,サイのふりやすさ,で目を見分ける色の塗りかたなどその,美術の創作活動に近い「やり方」を見出すことができた。