2023年度卒業制作 – 「闘想文字探究」日下部真紀

筆者作 本プロジェクトタイトル文字

闘争文字の拡張可能性

1960年代以降、安保闘争を代表とするような日本の学生運動では、人々をアジテート(煽動)するためのビラや立て看板が作成され、それらには独特の手書き書体が用いられた。その書体は暴力を指すドイツ語Gewaltから、「ゲバ文字」「ゲバ字」「トロ字」と通称され一定の認知がある。

このプロジェクトでは、既存のゲバ文字を観察、模倣し、試作とその分析の繰り返しによって字の本質と既存の用途からの拡張可能性を探究する。

背景

 ・時代の流れとともにタイポグラフィが主流になった文字表現を、それ以前の日本の景観を形成した書き文字であるゲバ文字の調査によって見直し、打破する可能性がある。

課題

 ・1960-80年代に使われたゲバ文字は、時代性や社会性を抱えるが故に用途や印象の制限がある。

目的

 ・ゲバ文字の限られた用途の拡張可能性を探る

 ・見たことがないが「らしい」ゲバ文字の作品を制作、展示する。

手法

 ・ゲバ文字の模倣、作字方法の抽出、分析からさらなる作字作品に展開する。

ゲバ文字の模倣

ゲバ文字は

・多数のアノニマスな書き手によって書かれる

・謄写版印刷の時代に生まれたとされ、時代とともに新しい画材を取り入れている

ことにより、その手法は複雑かつ曖昧だ。

しかしながら字体としてのアイデンティティは保たれており、作字法を抽出することは可能と考えた。

そこで

①シャープペンシル(謄写版作成に用いる鉄筆の代用)

②画材のバリエーション増幅

③立て看板で主流の画材であるスポンジ筆でのワンストローク

段階分けして模倣ケーススタディを重ねた。

筆者作 シャープペンシルでの模倣
筆者作 マーカー、サインペンなどでの模倣作品
筆者作 スポンジ筆でワンストローク(『学問のすゝめ』より)

作字ルール

模倣作品制作を踏まえ、ゲバ文字の作字法を洗練することを試みた。

結果として基本原則と文字ごとの作字ノウハウにわけ新しくマニュアライズするに至った。既存のゲバ文字と区別して「闘争文字」とした。

「肉」と「骨」

デザインされた文字を書くレタリングでは、しばしば作字プロセスの説明において文字のパーツを「骨」「肉」「皮」に当てはめる。

これに従えば、ゲバ文字はまず1ストロークの字の「」を書き、その線を太くするように「肉付け」する。

レタリングでは「皮」にあたる字の最終輪郭線を書くが、闘争文字にその工程はなく、まさに剥き出しの文字である。

続いて闘争文字全体の「骨」に敷かれる基本の4法則と、ひらがな・カタカナ・漢字それぞれにより詳細な法則を羅列した。

 

文字そのもののアイデンティティは、「骨」が支えている。

ツール・スケール

ルールを設定した上で、闘争文字の用途拡張のための課題を、ツールスケールの二つに見出し、その拡張可能性のためのケーススタディを行った。

①カリグラフィーペン(新ツール/小スケール)

カリグラフィーペンでの作事によって、線幅2mm、字の高さ20mmでの作字が可能になった。

筆者作 つかこうへい『飛龍伝 ある機動隊員の愛の記録』より

②スポンジ筆(小スケール)

立て看板など巨大な字を書くために使われたツールであるスポンジ筆を小型化した。

小スケールでも筆圧に負けないようコスメ用のスポンジを用い、さらに補強材としてプラ板を入れ、弾性のある小型スポンジ筆の作成に成功した。

線幅5mm、字の高さ50mmで、立て看板のスケールのような力強いストロークで字を書くことができる。

スポンジ筆試作品検証
採用したスポンジ筆とその材料
筆者作 『千字文』より

③角削りチョーク(新ツール/大スケール)

チョークは壁面に書くグラフィティではメジャーなツールだが、ゲバ文字では前例が少ない。

等幅の線が出るようにあらかじめ削ることで作字が成立した。

 

拡張

スケールの異なる様々なものに対応し寄生しつつもアイデンティティを保つ文字としての強度を立証し、思いを伝え続ける闘争文字を、さらに「闘想文字」とし拡張する。

題材

小倉百人一首のを題材とした歌とする。選定理由は以下の二つである。

・「想いを伝える文字」の作字作品の題材

・小倉百人一首の恋歌は教育や道徳の観点からしばしば政府や民衆の自主運動によって批判、自粛の対象となった歴史がある。

 

①拡張:小作品

筆者作 (左から)カーボン紙、多羅葉の葉、紙船。歌の内容と関連する媒体に闘想文字が寄生する。
筆者作 角削りチョークで作字

②拡張:テアトロン

最終作品として、百人一首63番を、SFC内の遊水池「テアトロン」に闘想文字で作字した。字の大きさは最大で一文字につき縦4200mm、横2400mmで、およそ駐車場の車一台分のスペースとなった。

この作品はインターネットを現代のフリースピーチの場ととらえ、字を書くことでインターネットの衛生写真に捕捉させるシナリオを想定している。インターネットは軍事用開発が発端という説が主流ではあるものの、アメリカの60年代カウンターカルチャー、ヒッピーカルチャーの爆発の中生まれたという主張もある。

全体写真

総括

タイポグラフィは、歴史や社会を反射する鏡のようでもあり、またそれらの影響をカタチとは関係なく受けるものである。その中でも取り分けて功罪のある、扱いにくくも魅力的なこの字体に強く惹かれ続けた。

学生運動が下火になって久しく、この文字も戦場跡に残された形骸化したかたちとなりつつある。しかし、「闘争」はかつてのような姿をしていなくとも、自身と自身の間、自身と他の間、あらゆる対象にあらゆる規模で迫ってくるものであると考える。その意味では、今回の最終成果物はこの文字のあり方の一通過点に過ぎない。

あらゆるものに、ある意味生き汚く寄生し、想いの丈を発信し続ける力のある闘想文字が、想いを込めて書く、書くことで想いを奮い立たせる、「書く」行為そのものの拡張可能性を示す糧になることを願う。

最終展示
最終展示

受賞歴

このプロジェクトはSFC環境デザイン表彰 奨励賞を受賞しました。

また、2023年度のSFC優秀卒業プロジェクトを受賞しました。

ありがとうございました。